フレイルを予防し ペットと飼い主の健やかな共生を
ペットフレイルの早期診断デバイスの開発
それではペット、特にイヌのフレイルとはどんな状態をいうのでしょう。夜鳴き、四肢の麻痺によるふらつき、よだれ、食欲低下、沈鬱など加齢に伴って様々な症状を示します。高齢の愛犬にこんな症状が出てきたら、「フレイルの可能性が高い」と獣医師の水野理介・獣医学科教授は言います。さらに「ペットフレイルの中心的な原因は、加齢に伴う筋力の低下や老化に伴う筋量の減少が引き起こす『サルコペニア』です」。
加齢による筋力の変化をいち早く測定
この筋力の変化を測定し、いち早くペットフレイルの診断ができたらペットにとっても、飼い主にとっても幸せな生活が長続きするはず――。水野教授はこう考えて、情報理工学科の赤木徹也教授に「かむ力」と「引っ張る力」をモニタリングするデバイスができないだろうか、と相談して出来上がったのが『ペットフレイルの早期診断デバイス』です。
かむ力は血圧計に付いている風船状の「カフ」を利用し、かむことによるカフ内の気圧変化を気圧センサーで測定。一方、引っ張る力は注射器に似た「シリンジポンプ」に負圧センサーを取り付けて測定することにし、いずれもマイコンにつないでパソコンにデータを送信して表示できるようにしました。
「ワンちゃんが口にくわえる部分に電気の流れるセンサーを使わず、飼い主さんの持ち手部分に電子部品を集め、ワンちゃんに優しい機器にしています」と赤木教授はこのデバイスのポイントを解説します。
「これならペットのイヌが遊び感覚で測定できます。数値化した『かむ力』と『引っ張る力』の変化からペットフレイルの早期診断が可能になります」と水野教授。
獣医師の経験が左右する高齢ペットの診断
ここで、ペットの加齢性疾患に関する現状をおさらいすると――。ヒトと同じようにペットの長寿化に伴い、さまざまな病状が明らかになっています。歯周疾患、心臓病(僧帽弁閉鎖不全症-僧帽弁粘液腫変性)、慢性腎不全、白内障、甲状腺機能低下症(イヌ)、甲状腺機能亢進症(ネコ)、腫瘍、免疫低下および変形性関節症・脊椎症などです。
これら加齢性疾患のうち、イヌも高齢になると、運動量の低下によって先述した「サルコペニア」を発症・進行し、寝たきりへ移行し、認知機能不全症候群(Cognitive Dysfunction Syndrome: CDS)を発症するようになることが知られています。CDSが進行すると要介護状態となり、ペットのみならず飼い主にも大きな負担となります。
「残念ながらCDSの有効な薬物治療方法は、確立されておらず、手探りの状態です。そこで、我々は先ほど述べたペットの加齢によるサルコペニアなどを『ペットフレイル』と位置付けて、適応症拡大を視野に薬物治療のトライアルを行なっています」と水野教授。「ところが、フレイルの診断は、獣医師の経験に委ねられることが多く、客観的な可視化による定量化が必要と考えられます。特に、ペットに対しては無拘束かつ非侵襲的で、飼い主さんにも負担を掛けないデバイスができたら。そんな経緯があって、この診断デバイス開発に取り組みました」とその背景を説明します。
理大が取り組む「獣医療工学」「獣医療福祉工学」の重要性が浮かび上がります。
新たなフィールドへ着実な歩み
新たなフィールドに歩みを進めようとしている赤木教授は、今回のデバイスについて「もう少しコンパクトにして、長期にわたるデータが蓄積できるようにしたいし、散歩用のリードでも『引っ張る力』測定を試してみたい。また、普段と明らかに違うような数値が出たら警告を発するようにできればと思います」と改良に意欲を燃やしています。
「日本は、超高齢社会のフロントランナーです。さらに、ペットも高齢化が進んでいます。ペットとの共生は、ヒトの身体的、精神・心理的、社会的フレイルの予防に有効です。ペットもヒトと共生することに喜びを感じています。ヒトとペットとの健やかな共生のためにフレイルを理解することは重要だと考えます」。水野教授の言葉に力がこもります。
理大の「いきものQOLプロジェクト」は、より豊かで健やかなヒトとペットの共生社会をめざします。