いきものQOLシリーズ #3

いきものQOLシリーズ #3


 

動物とヒトに負担がかからない見守りを
非装着型の簡易式バイタル計測システム

装置の調整をする赤木教授(左端)、江藤教授(左から2人目)ら

 ヒトと同じように手術の際には、動物たちにも麻酔が施されます。その手術後、麻酔から覚醒する時に容体が急変することがあるため、見守りが必要になります。患者の動物だけではなく、獣医師や動物看護師の負担も軽減しなければなりません。

 患者の動物たちが覚醒しているのか、いないのか、どんな状態なのか。現在は目視で行っていますが、これだけでは経験値によって左右されます。ポイントは心拍と呼吸のバイタルデータの計測・評価で、これを自動化できないか、と考えたのが獣医学科の江藤真澄教授(獣医生化学)と朱(あかし)夏希助手(医獣連携獣医学分野)です。
 とはいえ、ヒトの場合は計測器具を身体に装着していますが、動物たちにとって異物を装着するのはかなりストレスになります。「寝たままの状態でストレスをかけず、バイタルデータを計測できる方法がないか」。江藤教授が情報理工学科の赤木徹也教授に相談すると、「加速度センサーを使えばたぶん可能ですよ」。

 

得られたデータを検討する江藤教授(左)と朱助手(右)

 

連携が連携を生む相乗効果

 こうして試作品が出来上がったのが『術後麻酔下でのバイタルを計測できる簡易システム』です。まずはマウス用の試験機としてキッチンで使う保存容器に、トランポリンのように伸縮性の高い布を取り付けて、ベッドを作ります。そのベッドの下に加速度センサーを付けて、呼吸の動きによる振動を感知する仕組みです。検証のための呼吸データの真値は、レーザーを照射して、胸部の動きで計測することにしました。いずれもマイコンにつないで、Bluetoothでパソコンやスマホにデータを送信するシステムです。実験してみたところ、期待したデータがしっかりとパソコン上に表示され、麻酔の深さの度合いによる呼吸数の変化まで計測できました。
 赤木教授は「データには、呼吸だけでなく心拍のデータも含まれているため、今後、これらのデータの抽出から心拍の計測も可能になります。そのために、AIや信号解析の専門の先生方とコラボしていきます」と、新たな連携に意欲を燃やしています。

 

伸縮性の高い布に加速度センサーを取り付けて呼吸の振動を感知します
麻酔が施されたマウス。
ふた上部にあるのがレーザー装置
呼吸のデータがパソコン上に
しっかり表示されます

『ミマモルONE』を手にする朱助手

学生たちも加わり『ミマモルONE』が誕生

 さて、デバイスは出来ました。ここからが本格的な作業です。麻酔の深度によって呼吸パターンが違います。もちろん動物によっても違います。さらに身体の状況によってデータがどう変化するのか、得られたデータの解析が必要です。より正確で使いやすいデバイスにしていこうと、学生たちもアイデアを出しています。
 「動物の体重や寝ているときの身体の向きも影響しませんか?」と獣医学科3年の宮川ゆいさんが話します。
 宮川さんとともに測定した麻酔下のマウスのデータを解析したところ、確かに麻酔深度に応じた呼吸数の変化を検出できていました。「これなら、装置をすこし工夫すれば術後の動物のバイタルをモニターできそうです」と朱助手が赤木教授、岡村泰彦教授(医獣連携獣医学分野)とともに動物用ICU(集中治療室)に組み込める装置を組み立てました。「これ、『ミマモルONE』と名付けましょう。寝たきり状態のご家庭のペットにも応用できませんか」と江藤教授が夢を膨らませます。

 

真の目標は「獣医療工学・獣医療福祉工学」分野の創生

 「狙いは獣医療工学・獣医療福祉工学分野の創生なんです」と江藤教授はきっぱりと言い切ります。
 その背景について、「医療機器の開発を目的とした医学部と工学部の連携、医工連携は世界中で進んでいて、大きなマーケットを産み出しています」とし、「今回の獣工連携共同研究のおかげで、学部を超えた教員間の交流が生まれました。情報理工学科の先生方のおかげで、デバイスの小型化・高機能化が進むとともに福祉工学分野へ発展する可能性も生まれました」と江藤教授。さらに「獣医学部にはさまざまな動物病院や公共獣医事、動物福祉の現場で経験を積んだ教員がいます。今後、これらの教員が課題を共有することで問題解決型の共同研究が生まれます」と連携の効果を強調します。
 続けて、「一人でも多くの学生を『いきものQOL』プロジェクトに巻き込むことで、協調的に問題解決に取り組むことができる人材を育成できるはずです。瀬戸内で創り出される小さなデバイスから獣医療工学・獣医療福祉工学という新しい研究分野を産み出し、それを担う人材を育成できるとすればワクワクしませんか。理学部など他の学部を巻き込んでオール理大の『いきものQOL』プロジェクトになればきっと楽しいはずです」。表情が一段と輝きを増します。

(「獣工の連携」#4へ)

 

QOL Quality of Life(クオリティー・オブ・ライフ)の略で、本来は人間らしく生き生きと暮らしているかどうかを示す「生活の質」「生命の質」を示します。もともとは医療分野の末期がん患者などの終末期ケアの現場で、快適さなどを取り戻そうとして広がった試みです。福祉や介護の現場にも広がり、最近ではペットについても注目されています。