動物の視点で考える
瀬戸内のしまなみ海道を見通す今治キャンパス(愛媛県今治市)の獣医学教育病院4階にある看護実習室。「先生、この機械、もう少し小さく、500円玉ぐらいの大きさになりませんかね」と獣医保健看護学科の佐伯香織講師が、犬の包帯の巻圧を計測するデバイスを指差しながら話しかけます。バッテリーを含めてパスポートサイズほどもあります。この大きさでは犬にとって大きな負担です。
「何とかやってみます」。かたわらで、情報理工学科の赤木徹也教授がにこやかな表情で応じます。
理大ならではの学部間連携
“獣工”の連携は、西日本の私学で唯一の獣医学部という特徴を生かし、これまでにない学部間の連携をと、理大の研究・社会連携機構が2020年度から取り組んでいます。獣医学部の連携の相手先として白羽の矢が立ったのが工学部知能機械工学科(2022年度から情報理工学部情報理工学科に改組)でした。以来、日常的な情報交換から、現場でのデバイス調整・設置作業まで細やかな連携が続いています。その中心となっているのが赤木教授です。
赤木教授は、「工学部の流儀を通していては、獣医学部では通用しません。すべて動物たちに合わせていかないと使い物にならない。これまでの常識にとらわれず、新鮮な視点で研究・開発に取り組めるのが刺激になります」と、新たなフィールドに意欲満々です。
包帯巻圧測定器を装着されたビーグル犬
動物の気持ちを考えた「工学」
さて、ペットの包帯問題です。包帯を巻いた時にかかる圧力(巻圧)の調整は、経験豊富な動物看護師ならまだしも、実習生にとっては気を遣う作業です。きつく巻きすぎると、うっ血して体調を悪化させてしまいます。ヒトでは一般的に30mmHg(水銀柱ミリメートル)以上はうっ血を招く危険性があるとされています。しかし、動物ではどの程度の巻圧が適切なのかは分かりません。
「巻圧を測れるデバイスができないでしょうか」。佐伯講師が相談したのが、赤木教授でした。赤木教授は早速、手持ちの圧力センサー、マイコンなどを利用して、まずは“初号機”を数日で仕上げました。包帯と肢の間に水の入った小さな風船を仕込み、その風船にかかる圧力をセンサーで測定し、Bluetooth経由でパソコンのディスプレーに表示する仕組みです。実習生が、自分はどれぐらいの巻圧で包帯を巻いているのか、データで定量的に把握できるのが、このデバイスのポイントです。
ところが、実際に犬に装着してみると、何だか落ち着きません。サイズが大き過ぎたようです。実習の学生もPCのモニターと包帯部とを交互に見るため使いづらそうです。
新旧の包帯巻圧測定器を手にする佐伯講師。(右側が新型)
「ヒトにもワンちゃんにも優しいデバイス」
「500円玉ぐらいのサイズに」――。赤木教授は佐伯講師からの再度の要望を受けて、同僚の横田雅司助教、趙菲菲准教授と相談。思い切ってマイコンのデバイスを替えることにしました。赤木教授がデバイスを替えるのはこれで3回目。当初はマイコンの種類を替えたため非常に大変でした。横田助教は「使い慣れたマイコンを替えるのは、一から勉強し直すことになるので、専門を替えるに等しい」と説明します。今度は電源、ディスプレーまで備えた一体型です。「これなら行ける!」。赤木教授は会心の笑顔を浮かべました。
「500円玉を2枚並べたぐらいまで小型化」した包帯巻圧測定器を手に今治キャンパスに出向きました。改良されたデバイスを一目見た佐伯講師は「すごい! これならもっとほしい!」と喜び、「このデバイスを通して、一つ一つの手技に対する意味やその先にある動物にやさしい獣医療について、学生たちがしっかり考え実践することにつながります。ぜひとも実習に取り入れたい」と話します。
赤木教授は「獣医療に携わるヒトにも、ワンちゃんにもやさしい仕様になったはずです」と満足そうです。