#9 「分散の大きい焼き飯?!」

#9 「分散の大きい焼き飯?!」

経営学科 森 裕一 教授

「ここの焼き飯、分散が大きいんだよね。」
私が博士課程に社会人入学して間もない頃、ゼミ前にみんなで夕食を食べに行ったときに指導教授が言った一言です。
以前から研究室にいる人たちは「そうそう!」と笑顔で同意しています。
私は、「焼き飯がばらばらになるということ?」、「大きいってことは飛び散り方がすごいということ?」と、心の中は「??」でした。



正解は、普通サイズを頼んだのに量が多かったり、大盛りを頼んでも普通サイズと変わらなかったりと、このお店では、焼き飯の盛り付けの「ばらつき」が大きいことを、統計の授業で習うばらつきの指標である「分散」を用いて表現されていたわけです。
何らおかしなところはないと思った人は「分散」の概念がよくわかっている人です。
が、「分散」を知らない人や「分散」は習ったけど世の中の現象とはまったく違うものととらえている人にとっては、自分の知っている言葉の範囲でとらえようとするので、私のように「??」となるわけです。
みなさんも新たな概念を習ったとき、日常使う言葉と結びつかず、理解に困った経験があるのではないでしょうか。

別の例です。
「正規分布」は、現代統計学ではとても大事な概念です。
この「正規」という言葉、「正式にきまっていること」、「正式な規則に基づいた」ということを意味します。「正規雇用」、「正規軍」などです。
この意味を「正規分布」にあてはめると、正しい分布、正統な分布となり、世の中の現象ではなく、現実とかけ離れた勉強のためだけの存在としてとらえてしまいそうです。
ところが、この「正規分布」、英語ではnormal distributionといいます。
normalは、「標準的な」、「一般的な」、「普通の」という意味ですから、「正確な」というより、身の回りでよく見るといったニュアンスが強いことがわかります。
実際、世の中の現象を調べてみると、多くが平均値を中心とした左右対称の釣鐘型の分布に従っています。
なので、この形の分布は普通によくあるものだとして、normalを使って命名されたとされています。
現実とかけ離れているどころか、普段私たちが遭遇するとても身近な分布ということになります。



英語つながりで、もう一つ。
私たちは英語を学ぶとき、単語の訳を覚えていきますが、どうしても訳に出てくる日本語の意味で元の英語をとらえてしまいます。
たとえば、congratulations。
「おめでとう」と訳が載っていて、めでたい場面で使うものと理解しています。
「合格おめでとう」、「卒業おめでとう」などです。
しかし、私がある専門書の編集をしているとき、簡単な原稿管理サイトを作ったのですが、共同編集者のアメリカ人から「Congratulations!」と言われました。
ホームページを作ったぐらいで「おめでとう」は大げさだな、と思っていたら、ドイツ人の共同編集者からも「Congratulations!」。
これはどうも「めでたい」ではなさそうだ、と考えてみると、「相応の努力をした結果生じたこと」に対して「よくやった」と言っていることに気づきました。
なるほど、合格も卒業も「目的を達成した」わけですし、逆に、放っておいてもやってくるお正月の「明けましておめでとう」にはcongratulationsを使わないことも理解できます。
律儀にいえば、「結婚おめでとう」でcongratulationsを使うときには気をつけた方がよさそうです。

最初の2つは日常の言葉と専門用語による混乱を例示したものですが、だからといって、日常使う言葉とまったく違う用語をあててしまうと、当該の現象や日々の問題を解決しようとしているのに、本当に知らない世界のものとなってしまいます。
一方、上手に関連をもたせて用語を定義したところで、今回の例のように、知っている範囲だけで解釈してしまうと、逆に、その概念が日常から離れたり、理解が狭い範囲にとどまったりします。
3つ目の英語についても日本語訳の字面だけで考えてしまうのも同じことです。
場合によっては、こういったことが当該分野の勉強を投げ出してしまう原因になっているかもしれません。

初めて用語や概念を知ったとき、視野を広げて、日常と専門の両方を包含するように意味を捉えることは、学ぶ側の姿勢として大切なことだと思います。
なぜ、と思ったとき、特に、日常とは異なると思ったとき、その用語の意味や成り立ちなどを調べてみると、狭く考え過ぎていることやいろんなことがつながっていることに気づかされるものです。
「腑に落ちる」と実感できる瞬間かもしれません。
一方、教える側にも責任があります。
初めての概念を教えるとき、教科書に載っていることを少し広げて示してあげる(たとえば、一次関数を教える際、ちょっと二次関数や三次関数を見せる)だけで、ずいぶんと理解が深まるものです。
もちろん、最初からすべてのことを調べたり、教えたりするのは無理でしょう。
ですが、焼き飯や編集で例のように、何かのきっかけで視界が開けそうなときがあるはずです。

そのタイミングをうまくつかまえられるかどうかで、教養の深さに差が出るんだろうなと思ったりしています。

 森 裕一経営学科