美白に挑む メラニン輸送の全容解明へ
コスメティックサイエンス研究室 田所 竜介(たどころ・りょうすけ)准教授
生き物に不可欠な色素細胞
「メラニン」というと、女性にとって美容の大敵のように思われがちですが、人が生きていくうえでとても大切な働きをしています。DNAを傷つけてしまう紫外線からの保護、さらにストレス防御、抗菌作用、温度調整など、生き物にとって不可欠な存在なのです。
メラニンは言うまでもなく色素のこと。我々の肌には色素細胞(メラノサイト)があり、ここでメラニンが作られます。この細胞は樹状突起を伸ばしており、細胞内で生成されたメラニンが突起の先端に輸送され、さらにその周囲にある表皮細胞まで運ばれることで肌が黒くなります。
「この輸送の全体像を理解し、それを工学的にコントロールする。それが美白につながります」。一見こわもてですが、笑うと少年のような表情が弾けるのが印象的です。
少年時代から好奇心全開の「生物博士」
小学2年の時に買ってもらった顕微鏡を駆使して、水田や土壌にいる微生物や昆虫など生き物の観察に没頭。カエルを解剖して組織をスライスしてみたり、細菌を増やすため培地を作ったりと、やりたい放題。「もう授業はそっちのけで、フィルムケースを持って毎日採取に出かけていました」。同級生からは「博士」と呼ばれていたそうです。
大学時代の専門は発生生物学。卵から体がどうできていくのかなど、生命現象に関わる基礎的な研究を重ねて来ました。「だから、美白と言っても化粧品を専門でやって来た人とは発想や視点が全く違うと思います」。生命現象から美白に迫っていくのが田所流です。
「メラニン輸送の分子メカニズムを完全に理解したい」
色素をコントロールするには、まずメラニンがどう運ばれるのか把握する必要があります。そこで田所准教授が解析モデルとして着目したのが、肌が薄く色素細胞が見やすいニワトリ胚の表皮。ニワトリ胚の利点を活かして、色素細胞の細胞膜を緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識し、メラニン色素輸送を解析したのが下の図です。皮膚内でメラニンの輸送過程を可視化した実験は、世界的にも珍しいものです。
「色素細胞は大小様々な『小胞』を出したり、『糸状仮足』というヒゲのようなものを生やしたりと変幻自在に振る舞います。これらがどれだけメラニン輸送に重要な役割を果たしているのか。ここが大きなポイントだと考えています」。科学研究費や大手化学メーカーの助成も得て、現在取り組んでいるのが、これらの研究です。
「色素輸送というのは未解明の分野。メラニンが出来て表皮細胞にたどり着くまでの現象について、輸送の分子メカニズムを完全に理解するのが目標です。これが出来ると、微調整が可能になり、効果的な美白の実現が可能になります。ただ、何かを阻害すると別の物が大きくなって手助けしたりするのが生物の特徴。こうした現象も全て含めて解明したいと思っています」
さらに「メラニン輸送の研究を足がかりとして、体内で起こる様々な細胞同士のコミュニケーションも突き止めてみたい」。子どものように目を輝かせて語る田所准教授。「生物博士」のあくなき挑戦が続きます。