あらゆる動物の死を活かす
「哺乳類、爬虫類、両生類から昆虫と、あらゆる動物が対象です。病原体が動物をどうして殺すのか、病気にするのか、それを見極めて原因を特定し、一つの死体から周りに生きている動物たちをダイレクトに救う。ヒトと動物の共通感染症は多いので、もちろん、ヒトにもつながります」意志の強そうな語り口調。歯切れのいい言葉遣いが印象的です。
アジアで初めてカエル・ツボカビ症を発見
専門は獣医病理学。麻布大学時代の2006年には、ペットの輸入カエルが感染した「カエル・ツボカビ症」をアジアで初めて 確認しました。当時は大騒ぎになったので、記憶に残っている方も多いと思います。カエル・ツボカビ症もそうでしたが、各地の獣医師が「いつもとは違う」「何かおかしい」と感じた検体は、次々に宇根教授のもとに持ち込まれます。
つい最近、届けられたのは、おなかが膨らんで大量に死んだオタマジャクシ。「症状からみて原因はラナウイルスか」。宇根教授はそう考えました。このウイルスは両生類に特異的に感染し、大量死を引き起こします。
ところが、腹水を調べてみると、アンモニア濃度が通常なら二けた程度なのに、数百倍というとんでもない数値。明らかに腎臓機能の異常を示していました。腎臓を切片(厚さ1000分の3~4ミリ)にして調べた結果、蓚酸塩(しゅうさんえん)の結晶を多数確認。蓚酸は植物に多く含まれており、結局、落ち葉などを食べた蓚酸塩中毒が死因と診断されました。
「丹念に調べて初めて分かります。アウトブレイク(大量死)というのは、必ずしも伝染病だけではありません。そうなった時に、感染症なのか、そうではないのか、感染症であれば原因は何なのか、感染症でなければなぜ、ということを確認します」。豊富な知識と経験をベースに、調査結果を受けて的確なアドバイスを現場にフィードバックしていきます。
動物とヒトの健康バランスがとれた世界を
「新興感染症の75%以上は動物由来感染症と言われています。つまり、動物のコントロールをちゃんとしないと、人間の健康被害も含めて制御できません。経済的活動にも大きく影響します。そのために、『One World、One Health』という言葉が出てきました。動物も人間も健康のバランスがとれた健全な世界、変な感染症が流行することがない世界を目指しています」
獣医学の新たなフィールドを開拓
現在の大きなテーマは「病の起源と疾病生態学」と言います。まず「病の起源」とは?「痛風になるのは、哺乳類の中でヒトだけ。どうして他の動物はならないのか、またゴリラはコレステロールがヒトの1.5倍あるのに心筋梗塞にはならない。なぜなのか。動物のアルツハイマー病はネコ亜科にしか出ないのはなぜか――。どの段階で何が働くかによって、病の起源が分かります。ヒトの病を違う角度から研究してみたい」
もう一つ、「疾病生態学」とは?「感染症は宿主(しゅくしゅ)と病原体のせめぎ合い。このバランスが崩れた時に感染爆発が起きる。宿主と病原体の相互関係のバランスを崩す要因には、環境の変化などいろいろなファクターがあります。気象学とか地理学、微生物学も含めて多くの専門家の協力が必要ですが、これにも取り組んでみたいと思っています」
情熱が噴き出してくるような雰囲気を醸す宇根教授。その情熱で、獣医学のフィールドに新たな地平を切り開いてくれそうな予感がします。
略歴
1977年 | 麻布獣医科大学(現・麻布大学)卒業 横浜市食肉衛生検査所勤務 |
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1984年 | 麻布大学獣医学部助手 |
2007年 | 麻布大学獣医学部准教授 |
2010年 | 麻布大学獣医学部教授 |
2011年 | 麻布大学獣医学部大学院獣医学研究科委員会委員 |
2018年 | 岡山理科大学獣医学部教授 |