教育・研究編5

教育・研究編5

細胞を集めて立体化し組織や臓器を作る
再生医療と創薬に革新的な技術開発

技術科学研究所岩井 良輔(いわい・りょうすけ)講師

培養細胞を平面から立体へ

 動物細胞を培養すると、通常は培養皿の上に付着して、平面の状態でとどまったままになります。そもそもヒトの体内は立体的な構造なので、十分に細胞機能を発揮させて再生医療などに利用するには、その細胞を立体化させる必要があります。

 このため、立体成型した分解性のプラスチックに細胞を付けたり、バイオ3Dプリンターや細胞シートを積み重ねて立体化させるなどしているのが現状です。

高分子へのプラス・マイナス荷電で出現

「OUSフォーラム2017」で研究室の学生たちと。

 しかし、いずれも異物を使用したり、コストがかさんだりするなどの課題があり、「何とか細胞が自動的に立体化するようにならないものか」と考えたのが岩井講師です。――細胞はマイナスに帯電しているので、培養皿にプラスの電荷をかければ付着しやすいことは分かっている。だったら、培養皿に両方の電荷をかけたらどうなるだろう? 最初は表面に付着するだろうが、居心地が悪くなってきたらはがれるのでは――。

そう考え、培養皿の一部にほとんど水に近い高分子を塗り、プラスとマイナスの両方の電荷をかけてみました。すると、その高分子がある部分にだけ細胞が付着し、凝集して盛り上がったうえ、一晩ではがれて、その塊が培養液中を浮遊していました。細胞の立体化に成功した瞬間でした。

「この高分子で培養皿に円などのパターンをプリントすれば、自動的にその形で立体的な細胞組織ができます。飛び出す絵本のようなイメージです。手間がかからず、いくつでもできますよ」と岩井講師。

次世代の創薬試験も可能に

この技術を「欧州心臓病学会議」(2015年オランダ)で発表し、表彰されました。

 この技術を応用して、リング状の軟骨細胞を連結して人工気管や血管の再生医療などが可能になります。また、創薬への利用も注目されています。世界各国で、動物福祉や倫理上の観点により動物実験は最小限に抑えようとする取り組みが広がっています。この技術は動物実験に代わって、全身の薬物吸収、分布、代謝と排泄をヒトの培養細胞で調べることができる「臓器チップ」と呼ばれる、次世代の薬効毒性試験が実現する可能性を持ったものです。動物実験を最小限に抑えながら「薬の開発コストは大幅に低減されるようになる」といい、大手企業と製品化に向けて開発の最終段階を迎えています。

「私が作っているのは臓器の組織片。培養皿に高分子を添加するだけのワンステップで、ある程度の形の組織片を作り、それを臓器などの組織を再生させる“芽”として体内に戻し、“花”を咲かせる(再生させる)のが夢です」。岩井講師のあくなき挑戦が続きます。

略歴

2011年 北海道大学大学院工学研究科・生物機能高分子専攻 博士後期課程修了=博士(工学)
独立行政法人・国立循環器病研究センター研究所 生体医工学部流動研究員
2014年 同研究所特任研究員
2016年 岡山理科大学研究・社会連携機構・技術科学研究所講師