教育・研究編10

教育・研究編10

動物たちの視覚を守る

獣医学部獣医学科 伊藤 良樹(いとう よしき)准教授
 

馬の視力は0.6、犬が0.4、猫は0.1



 「治療した後の動物は表情が違います。ここに来る動物たちは痛い・見えないなどの様々なサインを出していますが、それが消える。飼い主も喜んでくれて、治療して良かったと思う瞬間です」
 2次診療を受け付ける獣医学教育病院で獣医眼科診療科を担当し、動物たちの視覚の維持・改善に取り組んでいます。また、涙で目の周りの毛が変色する「涙やけ」などの眼の環境を改善することも重視されています。
 動物たちの「視覚」の評価は伊藤准教授の研究テーマです。我々にとってはなじみ深い「視力」は、「視覚」の中のパラメータ(尺度)の一つ。ヒトの場合、ランドルト環と呼ばれるアルファベットの「C」のような一部に穴が開いた輪を視力の評価に使いますが、動物たちに上下左右といった応答はできません。網膜の内層にある網膜神経節細胞の数から推定した一般的な動物の視力は、ヒトの視力を1.0とすると、馬は0.6、犬が0.4、猫が0.1だそうです。
 ――獲物を捕まえたり、敵から逃げたりするのに不都合がないのでしょうか?
 「人間の場合、遠近に応じて水晶体(レンズ)が収縮・弛緩するので、一点の認識能力は高いのですが、霊長類以外の動物では水晶体の厚みがほとんど変わらないため、その能力は低くなります。その一方で、角膜や水晶体といった光を眼の奥に通す領域が大きく、動いているものをうまく認識できるような構造になっています。だから、標的を大まかにでも認識する能力は優れているが、眼だけに頼って物を捕捉するのは苦手だろうと思われます」
 ――色覚については?
 「多くの動物がカラーで見えています。でも、犬も猫も馬も牛も、赤色と緑色の区別ができません。盲導犬は信号機を明るさと周囲のヒトの動きから渡っていいかどうかを判別しているのでしょう。ちなみにヘビは2色で、イルカやシャチはモノクロ(1色)」だそうです。

動物の生活向上めざして


 

 治療にはまず、動物たちが見えているかの確認が欠かせません。
 「網膜が光をキャッチした際に生じる電気エネルギーが脳に届くことで眼が見えます。だから網膜が機能しないと、いくら光が入っても眼は見えません」と伊藤准教授。動物たちの視覚評価では反射や反応の確認、そして角膜、水晶体、網膜などの機能や病態を検査で評価することが大きなウェートを占めるそうです。角膜や網膜の断層を特殊な機械(OCT=光干渉断層計)で確認したり、網膜に光の刺激を与えた時に生じる電気反応である網膜電図(ERG)や脳波(VEP=視覚誘発電位)を調べたりします。VEPは人間の詐盲(さもう)の検査でも使われるそうです。
 伊藤准教授は、VEPを使った動物の視力評価法の開発と視力の評価に関する先駆的な論文も発表しており、この分野のスペシャリストです。
 「動物たちの的確な病態評価ができてこそ、的確な治療につながる。動物たちがどれくらい見えているかを評価できれば、それが獣医眼科の治療レベルを引き上げることになり、動物の生活や視覚の質の向上にもつながります」と確信に満ちた表情で語ります。

「動物の眼はきれいである」


  インドネシアでの実習風景= CK Sajuthi博士提供

 酪農学園大学獣医学部時代に獣医眼科学のパイオニア、小谷忠生氏のもとで研鑽をつみました。「小谷先生が『動物の眼はきれいである』と。臓器で唯一透明なのに加えて眼底にタペタム(輝板)という鏡があって光る。本当にとてもきれいです。それと大動物、小動物に関係なく全ての動物を診察できるのが魅力でした」。以来、獣医眼科の道を歩み、今では「アジア獣医眼科学会」のde fact Diplomate(専門医)も務め、中国、インドネシアなどに出向いて授業や実習もこなしています。
 獣医眼科学の講義は4年次からで、まだ授業は担当していませんが、学生が希望すれば見学は可能で、手術にもやって来ます。
 「ここには標準的な眼科検査機材に加えて、OCTなど優れた機材もそろっています。白内障の手術も可能で、網膜剥離の手術にも対応できるように動いています。獣医眼科診療科として、より優れた診断・治療を飼い主や動物病院に提供できます。できるだけ眼の透明性を維持してあげる。病態評価をしっかりやって、白内障などの濁りの原因を除去して視覚を回復するのが第一。透明に戻らなくても、できる限り透明に近づけてあげたい」と語り、「新しい分野に挑戦できる後進も育てたい」と力を込めます。

 「こんなに元気に走り回っているんですよ!」。白内障で全く歩けなかった犬が手術後、うれしそうに走り回っている動画を見せながら、満面の笑みを浮かべて話す伊藤准教授。言葉の端々に動物に対する深い愛情がにじんでいます。

略歴

2003年 酪農学園大学獣医学部獣医学科卒業
2007年 横浜市立大学大学院医学研究科医科学専攻
視覚器病態学博士課程=博士(医学)
2011年 山口大学農学部獣医学科獣医放射線学研究室・准教授
2012年 山口大学共同獣医学部
2018年 岡山理科大学獣医学部准教授