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2012年1月7日
新しい年が始まりました。
2011年11月29日
加計学園は創立50年
2011年11月10日
東日本大震災と植物
2011年10月20日
黍と蕎麦
2011年09月28日
秋本番
2011年09月02日
省エネの夏
2011年07月15日
「節電」
2011年06月15日
完全禁煙
2011年06月07日
風評被害
2011年05月26日
山の緑が日に日に色濃くなっていく
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2011年01月〜03月(4件)
2010年10月〜12月(7件)
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2012年1月7日
新しい年が始まりました。
新しい年が始まりました。
本年が心暖かい一年になりますようお祈りいたします。
年末年始はニュージーランドの南島で過ごした。
南緯45度付近なので
日本で言えば北海道の北端付近に相当する。
image|ニュージーランド最高峰 Mt. Cook 3,754m
ニュージーランド最高峰 Mt. Cook 3,754m
東日本大震災の20日ほど前
南島のクライストチャーチでM6.3の地震が発生し
震源が浅い直下型だったので多くの建物が崩壊した。
死者は181人、日本人も28人が亡くなった。
日本とニュージーランドの関係が深いことを示す数字でもある。
日本人のいない観光地はないと思える昨今であるが
今回の旅ではあまり日本人に出会わず本当に外国を旅行した感じ。
クライストチャーチの地震と東日本大震災の影響で
日本人の来訪は激減したまま回復していないという。
観光はニュージーランドの主要産業の1つであり
日本人の旅行者数はオーストラリア、イギリス、アメリカに次ぐ
第4位であるという。
観光の環境はシンプル & クリーンであり
マナーが守られて健康的であった。
ホテル全体が禁煙宣言していたり
室内での喫煙に罰金などの文字が見える。
屋外でも喫煙を目にすることがほとんど無く、灰皿はない。
現地ガイドに聞くと、公共の場所での屋内喫煙禁止の法律があるそうだ。
タバコの価格は1箱1,000円以上とのこと
注意して探してみたが売っている場所を見つけることはできなかった。
ニュージーランドには原発がない。
氷河湖にたまった水を利用する水力発電が主力。
隣接する湖の間の数メートルの落差を利用しているので
日本のように巨大なダムはない。
地熱発電と風力発電もおこなっており
自然エネルギーによる発電が総発電量の72.5%にも及ぶ。
ニュージーランドはクリーンエネルギー先進国であった。
農業、林業、畜産業などの第1次産業の振興。
一貫したコンセプトに立脚した観光立国。
留学生の受け入れによる教育の輸出。
水力、地熱、風力などの自然エネルギーの利用。
震災からの復興もあわせ日本が学ぶことが多い。
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2011年11月29日
加計学園は創立50年
image|完成した名誉理事長の銅像と50周年記念館
加計学園創立50周年記念式典オープニングセレモニー
加計学園は創立50周年を迎え
・名誉理事長の銅像建立
・50周年記念館の建設
・柔道金メダリストの山下泰裕先生による記念講演(11月16日)
・ノーベル化学賞の鈴木章 岡山理科大学・倉敷芸術科学大学特別栄誉 教授の記念講演(11月19日)
・第1回加計杯日本語弁論国際大会の開催
・1150名が参加した創立50周年記念式典
などの多彩な行事が開催されました。
卒業生を始めとし、関係各位には多大なるご寄付を賜り
まことに有り難うございました。
厚く御礼申し上げます。
image|完成した名誉理事長の銅像と50周年記念館
完成した名誉理事長の銅像と50周年記念館
50周年記念館はユニークな建物で
西側と北側の外壁がガラスとなっています。
1階には加計学園の歴史が展示されております。
ビデオや画像で懐かしい風景を見ることができます。
2階はビュッフェコーナー
3階は会議室と同窓会事務室
4階はホールとなっています。
同窓の皆様、ぜひ足を運んでください。
岡山理科大学は高等学校に2年遅れて
創立されていますので
2年後が50周年です。
新たな50年に向けての基盤固め
助走の2年間となります。
1964年に応用数学科と化学科の2学科で出発。
1966年に応用化学科と応用物理学科を加えて4学科に。
1969年に機械理学科と電子理学科を増設して6学科に。
わずか5年で3倍に大きくなっている。
7番目の学科である基礎理学科の増設には6年の間が開いているが
その間には大学院の6つの専攻が設置されており
研究体制の整備期間であった。
今後の50年間は今までとは大きく異なる環境となった。
学科の設置などは比較的容易となり
経営規模の拡大・縮小は大学の自己責任となった。
進学率が上昇したものの18才人口は減少の一途をたどっている。
逆に大学の入学定員は短期大学の4大化などもあって
年々増加の一途をたどっている。
ところで日経BPコンサルティングによる
「大学ブランド・イメージ調査2011−2012」
の結果が公表された。
中国・四国の調査の対象となった58大学のアンケートの結果
岡山理科大学が4位となった。
1位は広島大学、2位は岡山大学、3位は愛媛大学であり
私立大学ではトップという高い評価を獲得した。
次の50年においても輝けるよう
特色ある研究・教育体制を構築する必要がある。
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2011年11月10日
東日本大震災と植物
津波は海岸地域の植物にも大きな影響を与えたに違いないと考え
10月の末、初秋の東北を訪れてみた。
仙台のホテルで就寝しているとなにやら音がする。
誰かが来室したのかと起きてみると建物全体が揺れ始めた。
午前2時45分、M5の余震であった。
元々朝の4時には調査に出発しようと考えていたので出発の準備を始めることにした。
調査地への到着は、さすがに日の出には早すぎて植物の様子がわからない。
目星をつけていた調査地は真っ暗。
車から出てみると6℃「寒い!」
予報通りの吹き飛びそうな木枯らしであった。
明るくなり始めて周囲を見渡すと
高台にある家を除いてほとんどすべての家が土台だけになっており
すでに瓦礫は片付けられていた。
家屋や人的な被害については多くの資料があると思うので
ここでは植物の状況についてのみ、簡単にコメントしておこう。
社寺や民家の周辺には、建て替え時に利用すべく
スギやヒノキを植栽しておくことが多い。
津波の影響が大きかった場所では、スギが枯れて赤褐色になっていた。
津波の被災地であるかどうかは、スギで判定できる。
クロマツやアカマツの被害は軽微であったが
スギ・サワラ・ヒムロなどの常緑針葉樹は軒並み被害を受けていた。
タブやウバメガシなどの常緑広葉樹の被害も大きい。
しかしながら、クヌギやケヤキなどの落葉広葉樹の多くは
復活して葉を広げている種類が多かった。
葉を落とすことができる落葉樹は、生育に不適な条件の時期を葉を出さずにやり過ごし、ほぼ完全に復活している。落葉樹の臨機応変さが利点となった。
一方、常緑樹は大きく勝敗が分かれた。
クロマツやアカマツはほとんど津波の影響を感じさせない。
実際には大変な時期があったのであろうが、何食わぬ顔である。
土壌中の塩分によって水分を吸収できなくても
簡単には枯れてしまわないほどの乾燥への抵抗力を持っている。
スギは本来、海岸などの潮の影響のある地域には生育しておらず
比較的水分を潤沢に得ることができる環境での生育に適している。
安定した環境に生育し
簡単には葉を落とすことができない常緑樹の被害は大きかった。
結局、激動の環境の中では
臨機応変な適応能力を持つものか
高い忍耐能力を持っているものかが生き残っている。
image|津波に被災したものの、生き残っているクロマツやアカマツ
津波に被災したものの、生き残っているクロマツやアカマツ
image|津波に被災したお寺(スギは赤茶色に枯死し、ケヤキは生き残って種子を稔らせている)
津波に被災したお寺(スギは赤茶色に枯死し、ケヤキは生き残って種子を稔らせている)
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2011年10月20日
黍と蕎麦
image|羅生門
国指定天然記念物 羅生門
岡山県新見市の草間
石灰岩の台地であり、国指定天然記念物の羅生門がある。
羅生門は鍾乳洞の吸い込み口で
大きな石灰岩の橋に羅生門という名前がつけられている。
石灰岩の台地はドリーネやウバーレなどの
水の吸い込み口が点々と分布していることが多く
小川が無いことが普通。
草間の台地でも農家には
屋根に降った雨をためる水槽が残っている。
このような地質・地形的条件なので
水田もあるにはあるが畑作が中心。
昔から、稗や粟、黍などの雑穀とともに
葉タバコが栽培されてきた。
image|葉タバコの栽培の準備(草間/2月末)
2月末には葉タバコの栽培準備が始まる。
タバコ栽培は種子の供給から乾燥した葉の納品まで
JTに厳しく管理された農業である。
多くの労働力が必要であると共に
政府の保証によって安定的な収入を期待できる農業でもあった。
山陽新聞を読んでいると「揺らぐ葉タバコ産地」の見出し。
49戸あった岡山県の葉タバコ栽培農家の内30戸が栽培をやめ
来年は19戸のみという状態になると言う記事であった。
ピークの1950年には2万4千戸の栽培農家を誇っていた岡山県。
栽培面積も1966年には4949haで栽培されていたが
来年には、わずか17haとなってしまう。
0.3%への激減であり、壊滅状態と言えよう。
葉タバコ栽培の専売化は
日露戦争の戦費調達のためで1904年からだそうだ。
100年以上の長い年月、税収を確保するために煙が吐き出され
同時に農業経営にも貢献してきたと言えよう。
最近、黍(きび)から作った焼酎をいただいた。
25年の長期貯蔵というとんでもない代物であった。
これが、癖が無くてスッキリと旨い。
ラベルには、草間で栽培した黍で造ったとのこと。
葉タバコの栽培には未来はないが
なんとしても新しい畑作物、あるいは古い作物を復興しなくてはならない。
黍や粟、稗などの雑穀や蕎麦を見直す必要がある。
吉備の國の黍、蕎麦も良いと思う。
付加価値を高める必要があるので、焼酎にしては?
結局は酒税の納入ということで、震災復興協力でしょうか。
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2011年09月28日
秋本番
朝夕がめっきり涼しくなってきた。
ため池の水面からは朝もやが立ち始め
早朝のウオーキングも「寒いですね」が挨拶となった。
イネも頭を垂れて色づき始め
ヒガンバナがあぜ道でコントラストを見せている。
今年はいろいろな事があったが
確実に季節は秋に、そして冬へと向かっている。
ヒガンバナはお彼岸の頃になると花を咲かせる。
葉を出していないので
昼と夜の日長の変化で「秋分の日」を判断しているわけではあるまい。
単に地温であれば、年によって咲く時期が異なってしまう。
日陰で早く、日当たりの良い場所で少し遅い傾向がある。
となると、地温の変動パターンで季節を測定している可能性が高い。
image|見事に咲いた彼岸花
今年は例年通り、と言いたいところだが
だらだらと開花が続いており
暑かった日々の直後に冷え込みが始まったからか
と思っている。
とはいえ例年とそんなに違わない秋であるが
東北の被災地でもヒガンバナが咲いたであろうか
と気になる。
先日の学会では、津波で海水をかぶった場所では
スギやヒノキなどの針葉樹が枯れてしまったことが報告された。
自然に生育しているコナラなどの落葉樹には
あまり大きな被害はなかったようである。
人工の自然は津波に弱かった。
震災から半年以上が経過した。
被災地は、やがて復興の段階となるであろう。
様々な広い地域で緑化が必要となる。
緑の復旧は、自然災害に強い
自然生の樹木によってなされる必要がある。
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2011年09月02日
省エネの夏
image|ひと夏の間、学長室に快適な木陰と沢山の実りを提供してくれたゴーヤのカーテン
今年はエアコンの温度設定を28℃としたり
蛍光灯の管数を減らすなどの省エネ対策を実施した。
学長室の西側には
ゴウヤとフウセンカズラのグリーンカーテンもできた。
その効果もあってか
今年はほとんどエアコンのスイッチを入れることがなかった。
エアコンの温度設定を中央制御できる建物では
設定通りに気温が下がらず、「暑い! 暑い!」とすこぶる不評。
考えてみれば、窓を開けてそよ風を導き入れる建物設計にはなっておらず
扇風機の入手が困難な環境条件では省エネも簡単ではない。
省エネの方法を検討する中で教室に扇風機を設置することになった。
昔、エアコンが高価であまり普及していなかった頃
教室の天井には扇風機が唸っていた。
懐かしい風景ではあるが
涼しいというものではなかったように思う。
今回設置する扇風機は、教室内の空気を撹拌し
冷暖房の効率を上げようとするもの。
夏には間に合わなかったが冬には活躍してくれるだろう。
家や車中はエアコンで一定温度に管理され
夏もスーツで過ごすことが可能となり
外界と遮断した環境で過ごすことが多くなった。
いつの間にか大量のエネルギーを使用することを前提とした環境の中で
生活するようになってしまっている。
3.11の東日本大震災
原発の深刻な事故によって
エネルギー環境を考え直さざるを得なくなった。
自然の変化と共に生活する昔に戻ることは簡単ではない。
新たな高い次元での省エネとエネルギーの使用システムの構築が必要であり
その開発に大学は大きく貢献しなくてはならない。
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2011年07月15日
「節電」
image|キャンパスエコナイト
昔、デパートは週1回休んでいた。
Aデパートは水曜日が休み、Bデパートは火曜日が休み。
間違えてがっかりすることもしばしばであった。
もちろん、一般の個人商店も日曜日は休みであり
スーパーマーケットも休日があった。
正月の休みはたっぷりあって
きっちりと食料を備蓄しておかなくては飢えてしまうほど。
コンビニの登場は小売業界に大きな影響を与えた。
多くの個人商店が夜になると店を閉めてしまう状況の中
セブンイレブンはその名の通り
朝7時に開店し、夜11時までの営業。
夜遅くまで残業するサラリーマンには大変ありがたい営業時間だった。
昔の夜は暗かった。
「ネオンを消しましょう」といった節電のキャンペーンもあったが
現在は節電どころか深夜電力の利用が推奨されている。
太陽と共に生活するスタイルから
夜昼区別のない生活への変化は
原子力発電の増加に関係しているのであろう。
原子力による発電は、常に一定であり
出力を変動させることができない。
このために、原子力発電の割合が増えると
深夜には電力が余ってくることになる。
この余剰な電力を安価に販売する仕組みが
深夜電力ということになる。
一方、火力発電や水力発電は
発電量を比較的簡単に制御できるので
必要に応じて出力を変動させる。
地球温暖化防止のために
二酸化炭素の排出量を削減する必要もあり
必要なときに必要なだけ発電するという
メリハリが求められるであろう。
我々のライフスタイルも変革が必要となろう。
昼夜の区別をつけた生活をする必要がある。
一家団欒が復活し
夕涼みの縁台で将棋など、近所つき合いを復活させたい。
人とのつきあいの復活である。
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2011年06月15日
完全禁煙
image|香川大学の正面ゲートに学内全面禁煙の幟が翻っていた。
5月に学会で香川大学に行ってきた。
中国四国地域を輪番で回る生物系の学会なので
香川大学を訪れるのは9年ぶりということになる。
前回は大学の中まで車を乗り入れることができたが
今回は車両全面乗り入れ禁止となっていた。
バーが降りている正面ゲートに
学内全面禁煙の幟が翻っていた。
「そうか、全面禁煙にしたか!」
香川大学の喫煙環境は
9年前もかなり厳しく
校舎間の緑地に灰皿がおいてあったように記憶する。
今回は全面禁煙なので
緑地にも全く灰皿はない。
聞けば、正門の前に教職員がたむろして
みっともないそうである。
学内全面乗り入れ禁止なので
たくさんの送り迎えの車が道路に駐車し
学生の帰りを待っている。
かくして、正面ゲートの出口は
結構な混雑なのであった。
本年の4月から、岡山大学の学長が交代し
森田新学長が率いる新体制が出発した。
6月12日の山陽新聞には
見開きの特集で新内閣の方針が開陳されていた。
森田学長のインタビュー記事では
前千葉学長の方針を引き継ぐとともに
研究や教育の質的向上が詠われている。
数々の目標の中に
全面禁煙への取り組みがかなりの字数で記されていた。
大学病院のある鹿田キャンパスの敷地内完全禁煙を
津島キャンパスでも段階的に取り組むこととし
2014年度に完全禁煙を実施すると宣言している。
森田新学長は岡山大学病院長からの就任であり
当然の対処であろう。
最高学府である大学が、近い将来完全禁煙になることは疑いがない。
岡山理科大学は岡山大学と包括的な協定を締結している。
この際、岡山理科大学も協調して禁煙を実施すべきであろう。
「卒業するまでは、学内完全禁煙にはしないでくれ」
という学生の声を聞く。
社会に出てからの方が厳しいのですが・・・・・
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2011年06月07日
風評被害
image|農業や漁業が生き残っていくためには・・・
農産物や水産物から基準以上の放射線量が報告される中
マスコミでは「風評被害」の防止が叫ばれている。
多くの報道は根拠を示さずに風評被害だと断定しているが
簡単には不安感を払拭できない。
風評被害とは、うわさによる根も葉もない被害ということであろうが
遠隔地になるほど、あるいは時間が経過するほど
具体的な情報が重要になってくる。
福島県内においても放射線量には大きな違いがあり
立ち入り禁止の地域から何の指定もされていない地域がある。
農産物も露地栽培とハウス栽培では大きく異なるであろう。
比較的隣接した地域では、○○町は大丈夫らしいなどの情報が流れ
適切な判断ができると思われるが、遠く離れてしまうとそうはいかない。
福島県における福島市の位置関係を正しく把握している人は
離れれば離れるほど少なくなる。
外国から見れば、日本=福島となってしまうのも仕方がない。
一方、海産物に関しては、どのような状況なのかほとんど情報がない。
後になって、実は・・・・となるような不安感がある。
原発からの汚染水の排出が阻止できれば
大きな汚染はないかもしれないが
どうなっているのであろうか。
どちらにしても、放出されてしまった放射性物質は
簡単に除去できそうにない。
放射性物質は生態系の中を循環し
拡散して広い地域に影響を与えることになるであろう。
そうであれば、地名情報だけでは
食べても良いレベルかどうかは判断できないことになる。
東京や川崎、横浜などの国際港湾では
コンテナや船舶の放射線測定と証明書の発行が行えるようになっている。
外国向けには迅速な対応となっているが
国内を流通する食品にもこのシステムを導入して欲しい。
すなわち、市場などの流通システム中において放射線量を計測し
基準をクリアーしていることを証明して販売するシステムを構築する必要がある。
特に遠隔地における販売では、このような具体的な情報が添付されない限り
風評被害から逃れることはできないであろう。
農業や漁業が生き残っていくためには
具体的で適切な情報の提供が必須である。
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2011年05月26日
山の緑が日に日に色濃くなっていく
image|山の緑が日に日に色濃くなっていく。
山の緑が日に日に色濃くなっていく。
庭の緑も見るたびに新芽が大きくなっている。
「山が笑う」という言い方があるが、まさにそのような状況である。
植物だけでなく、虫たちも、鳥たちも活発に動いている。
普段の春ならば、緑の成長は発展の象徴でもあるのだが
今年の春はなにやら気にかかることがある。
東日本大震災、特に原子力発電所からの放射能汚染である。
福島県では、アユからも基準を超える放射能が検出されたという。
新茶や牧草から基準以上の汚染が報告されたのはショックであった。
植物の三大肥料はチッ素、リン、カリュウムであるが
セシウムはカリュウムと類似した化学的性質を示すので
植物に栄養分のカリュウムとともに吸収されてしまう。
植物側の必要性と吸収量は関連しているので
旺盛に成長している植物のセシウム吸収量が多いのは当然である。
原発から大量の放射性物質が放出された頃に
旺盛な生育を示していた植物は
セシウムも吸収してしまったのではなかろうか。
汚染地域からの葉もの野菜が出荷停止されたが
表面への付着だけではなく、根からも吸収したのであろう。
セシウムの半減期は約30年と長く
簡単にはなくなってしまわない。
除去して安全な場所に移し
長い年月を経過させる以外に対処の方法はない。
ナタネやヒマワリの栽培で放射性物質を除去することが話題となっている。
旺盛に成長する植物ならば何でもセシウムを吸収するはずだが
セシウムはなくなってしまったわけではない。
土の中から植物体中に移動しただけであるので
セシウムを吸収した植物を処分する必要が出てくる。
ヒマワリやナタネの種子からは油がとれる。
セシウムは油よりも水によく溶けるので
ヒマワリやナタネからとれる油にはほとんどセシウムを含まないのだそうだ。
植物体は焼却するなどして減量し
固化剤と混和して処分するなどの対策が行われるのであろう。
せっかく採れた油はディーゼル燃料などに利用できる。
放射性物質の除去と燃料の生産
植物が貢献してくれるとありがたい。
植物によって汚染を除去することができる事実は
逆の方向から見ればナタネなどの野菜だけではなく
山の植物にも、水中の水草にもセシウムが移行することを意味している。
セシウムが食物連鎖を通って生態系の中を動き始めているわけである。
地面からの放射線よりも食品からの体内被曝は影響が大きいそうで
今後、食品に関しては注意が必要であろう。
幸いにもセシウムは体内に長期間残留することはなく
カリウムと同じように尿から排出される。
ストロンチュウムのように、長期間にわたって体内に残留することはない。
もしもセシウムに汚染されたならば
汚染されていない野菜やお米をたくさん食べれば良いはずである。
放射性物質は、結局は地球を巡り巡って全世界に影響を与えてしまう。
どこにいても影響からは完全に逃れることはできないであろう。
未だ原発の見通しは不透明であるが
かろうじて状況は安定しているように見える。
今後は放出されてしまった放射性物質をいかに管理し
いかにつき合うかの時期になる。
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2011年01月〜03月 2011年04月〜12月
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